寝つけない夜が続く、日中も気持ちが張りつめている、体の緊張がゆるむ感覚を思い出せない――そんなときに用いられるセルフケアの一つが自律訓練法です。
自律訓練法は、決まった言葉を心の中で繰り返しながら、体の感覚に注意を向けていく自己弛緩法です。医療や心理臨床の現場でも用いられており、道具を使わずに実践できるのが特徴です。
ただし、手順を自己流で省略すると不快な感覚が残ることがあります。この記事では、公式の進め方に加えて、忘れずに行う必要がある「消去動作」まで含めて解説します。
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自律訓練法とは
自律訓練法(autogenic training)は、20世紀前半にドイツの精神科医ヨハネス・ハインリッヒ・シュルツによって体系化された方法です。催眠状態の研究から生まれ、自分自身で緊張のゆるんだ状態を導く手順として整理されました。
日本でも、心療内科やカウンセリングの場、企業のメンタルヘルス研修などで紹介されています。1回あたり数分から10分程度で、椅子に座ったままでも行えます。
どのような変化があるとされるか
感じ方には個人差があり、すべての人に同じ変化が起こるわけではありません。一般に、次のような点が挙げられています。
- 体の緊張がゆるんだ状態を自分で導きやすくなる
- 寝つきの前の切り替えに使えたという声がある
- 手足の温かさや重さといった感覚に気づけるようになる
- 呼吸や心拍の落ち着きを意識しやすくなる
これは治療の代わりになるものではありません。不眠や不安が長引いている場合は、医療機関での相談を優先してください。

始める前の準備

- 場所:静かで、10分ほど中断されない場所を選びます
- 姿勢:椅子に浅く腰かけて背もたれに預けるか、あおむけに寝ます
- 手足:手のひらは太ももの上、脚は組まずに軽く開きます
- 目:軽く閉じます。閉じると落ち着かない方は、半眼でも構いません
- 服装:ベルトや時計は外し、締めつけをなくします
床で行う場合、硬い床では背中が痛くなり集中が途切れます。厚さ10mm以上のヨガマットを敷き、首の下に薄めのクッションを置くと姿勢が安定します。光がまぶしい環境なら、遮光性のあるアイマスクを使う方法もあります。「集中できない」と感じる原因が、実は環境側にあることは少なくありません。
公式の言葉は、力を込めて念じるものではありません。「そうなるように頑張る」のではなく「今どう感じているかを確かめる」という姿勢で行います。何も感じられない日があっても問題ありません。
標準練習の公式

自律訓練法には、背景公式と第1〜第6公式があります。順番に進めますが、一般的なセルフケアの範囲では、第2公式(温感)までで十分とされることが多い点を押さえておいてください。
背景公式:気持ちが落ち着いている
目を閉じ、心の中で「気持ちが落ち着いている」と数回繰り返します。落ち着かせようと力むのではなく、静かに言葉を置くイメージです。
第1公式:重感(両腕・両脚が重たい)
「右腕が重たい」から始め、左腕、右脚、左脚と順に進めます。重さを作り出そうとせず、腕が下に沈む感覚があればそれを味わいます。各部位20〜30秒程度が目安です。
第2公式:温感(両腕・両脚が温かい)
同じ順番で「右腕が温かい」と進めます。手足の血流に注意が向くと、じんわりとした温かさを感じることがあります。感じられなくても構いません。
第3公式:心臓が静かに規則正しく打っている
ここから先は、体の内部に注意を向けていく段階です。心臓に不安を持っている方は、この公式で動悸が気になることがあります。無理に進めないでください。
第4公式:楽に呼吸している
呼吸をコントロールするのではなく、自然に行われていることを確かめます。
第5公式:お腹が温かい
みぞおちのあたりに注意を向けます。糖尿病などで血糖の管理をしている方は、この公式を行う前に主治医へ相談してください。
第6公式:額が心地よく涼しい
最終段階です。頭部の感覚を扱うため、片頭痛のある方などは慎重に扱う必要があります。第3公式より先は、独学で進めず専門家の指導のもとで取り組むことが望ましいとされています。

消去動作を忘れずに行う
自律訓練法でもっとも見落とされやすいのが、終了時の消去動作です。練習中は意識のレベルが下がった状態になっているため、そのまま起き上がると、だるさやぼんやりした感じ、めまいのような不快感が残ることがあります。
消去動作の手順
- 両手を強く握り、開く。これを5〜6回繰り返す
- 両ひじを曲げ伸ばしする。これも数回
- 大きく伸びをする
- 深呼吸を1〜2回する
- ゆっくり目を開ける
就寝前にそのまま眠る場合を除き、消去動作は毎回欠かさず行ってください。日中に練習したあと、これを飛ばして仕事に戻ると、集中しづらさが残ることがあります。
- 心疾患、糖尿病、低血糖、緑内障などの持病がある方は、事前に主治医へ相談してください
- 気分の落ち込みが強い時期や、精神科・心療内科で治療中の方は、自己判断で始めず主治医に確認してください
- 練習中に不安が強まる、つらい記憶がよみがえるといったことが起きた場合は中止し、専門家に相談してください
- この方法は診断や治療の代わりになるものではありません
- 気になる症状が続く場合は医療機関へ相談してください
続けやすくするための工夫
1回を短くする
背景公式と第1公式だけなら3分程度で終わります。長く続けることより、日々の流れに残るほうが大切です。
1日2〜3回、決まったタイミングで
朝起きたあと、昼休みの終わり、就寝前など、既にある習慣にくっつけると定着しやすくなります。
感じられない日を気にしない
体調や気温によって、重さや温かさの感じ方は変わります。「今日は感じない」と確認するだけで練習として成立しています。
音声ガイドを活用する
公式の順番を覚えるまでは、時間配分に気を取られがちです。音声ガイドを使うと、内容に集中しやすくなります。手順を書いたカードを枕元に置いておく方法も手軽です。
公式の並びや注意点をひととおり確認しておきたい場合は、自律訓練法をあつかった入門書が何冊か出ています。手順の解説と合わせて読んでおくと、独学で進める範囲の線引きも確かめられます。
1回の流れをまとめて確認する

手順が多く見えますが、実際の流れは単純です。第2公式までの短縮版を、通しで並べておきます。
- 静かな場所で椅子に浅く腰かけ、背もたれに体を預ける
- 手のひらを太ももの上に置き、脚は組まずに軽く開く
- 目を軽く閉じ、「気持ちが落ち着いている」と心の中で数回繰り返す
- 「右腕が重たい」と繰り返しながら、右腕の感覚を確かめる(20〜30秒)
- 同じように左腕、右脚、左脚へと進める
- 「右腕が温かい」と繰り返し、同じ順番で四肢をたどる
- そのまま数十秒、全身の感覚を確かめる
- 手を握って開く、ひじを曲げ伸ばしする、伸びをする(消去動作)
- 深呼吸をして、ゆっくり目を開ける
ここまでで5〜8分程度です。時間が取れない日は、背景公式と右腕の重感だけで切り上げても構いません。大切なのは長さではなく、途中でやめても消去動作で締めることです。
どんな人が取り入れているか
自律訓練法は、特定の症状のためだけの方法ではありません。次のような場面で取り入れられています。
- 就寝前の切り替えとして習慣にしている方
- プレゼンや試験の前に、緊張の高まりを整えたい方
- 日中も気が張りつめていて、ゆるめ方を思い出したい方
- 心療内科やカウンセリングで、支援者の指導のもと取り組んでいる方
- 職場のメンタルヘルス研修でセルフケアとして学んだ方
逆に、気分の落ち込みが強い時期や、じっと目を閉じていることがつらい時期には向きません。そうした時期は、体を軽く動かす方法のほうが取り組みやすいこともあります。合わないと感じたら、無理に続ける必要はありません。
就寝前に行う場合は、部屋の明るさを落とせると切り替えの合図をつくりやすくなります。カーテンだけでは光が入る環境なら、遮光性のあるアイマスクを併用している方もいます。
他のリラクセーション法との違い
| 方法 | アプローチ | 向いている場面 |
|---|---|---|
| 自律訓練法 | 言葉と注意で体の感覚を導く | 10分ほど確保できるとき |
| 漸進的筋弛緩法 | 筋肉を緊張させてから抜く | 体のこわばりが強いとき |
| 呼吸法 | 呼吸のリズムを整える | 短時間で切り替えたいとき |
| グラウンディング | 五感で今の環境に注意を戻す | 不安が高まっているとき |
自律訓練法は、じっくり時間をかけて取り組むタイプの方法です。動揺している最中に使うより、落ち着いた時間に習慣として積み重ねるほうが向いています。急な不安への対処には、呼吸法やグラウンディングのほうが使いやすいでしょう。
リラクセーション法や職場のメンタルヘルスに関する情報は厚生労働省 こころの耳に、心の健康全般については厚生労働省 みんなのメンタルヘルスにまとめられています。睡眠や休養の基礎知識は厚生労働省 e-ヘルスネットで確認できます。

つまずきやすい点と考え方
自律訓練法は手順が静かなぶん、「これで合っているのか」と迷いやすい方法です。よくある引っかかりを整理しておきます。
公式を唱えることに集中しすぎる
言葉を正確に繰り返すことが目的ではありません。言葉は注意を向けるための手がかりであり、主役は体の感覚のほうです。棒読みでも構いません。
「重い」を無理に作ろうとする
腕を意図的に脱力させたり、押し下げたりする必要はありません。感覚が来なければ来ないまま、腕の存在を確かめて次へ進みます。作為が入るほど感覚は遠のきます。
雑念が浮かんで中断してしまう
考えごとが浮かぶのは自然です。気づいたら、今扱っている部位へ注意を戻すだけでかまいません。雑念を追い払おうとすると、それ自体が新しい緊張になります。
効果があったか毎回判定してしまう
採点する姿勢は、練習を評価の場に変えてしまいます。感覚は日によって違うものだと受け止め、記録するなら「やった/やらない」の印だけにとどめましょう。
途中でやめるのが悪いと感じる
体調が合わない日は、途中で切り上げて構いません。ただし切り上げるときも消去動作は行ってください。中断そのものより、締めずに終えることのほうが不調につながることがあります。
自律訓練法に関するよくある質問
Q. 重さや温かさをまったく感じません
A. 珍しいことではありません。感覚を作り出そうとするほど遠のきます。「今日は感じない」と確認して終えるだけで構いません。数週間続けるうちに変化が出る方もいます。
Q. 途中で眠ってしまいます
A. 就寝前なら問題ありません。日中に行う場合は、あおむけではなく椅子に座った姿勢にすると眠りにくくなります。
Q. 消去動作を忘れて起きてしまいました
A. 気づいた時点で行ってください。だるさが残っている場合は、手を握って開く、伸びをするといった動作で切り替わりやすくなります。
Q. 何回くらい練習すれば身につきますか
A. 個人差が大きい部分です。一般には数週間から数か月かけて慣れていくものとされています。1日2〜3回、短時間を積み重ねるほうが習得しやすいでしょう。
Q. 不眠に用いても大丈夫ですか
A. 就寝前のセルフケアとして取り入れる方はいます。ただし不眠が続く場合は背景に別の要因があることもあるため、医療機関への相談を検討してください。
Q. 独学で進めても問題ありませんか
A. 第2公式までであれば、注意点を守れば取り組みやすい範囲とされています。第3公式以降や、治療中の方は、専門家の指導のもとで進めてください。
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まとめ:感じようとせず、感じたことを受け取る
自律訓練法は、決まった言葉を手がかりに体の感覚へ注意を向けていく練習です。重さや温かさを作り出す必要はなく、そこにある感覚を確かめるだけで成立します。
背景公式と第1公式だけなら3分ほどです。そして終わったら、手を握って開き、伸びをする消去動作を欠かさず行ってください。
第3公式より先へ進みたい場合や、治療を受けている場合は、独学ではなく専門家に相談しながら進めましょう。コツコツと、自分のペースで続けていくことが何よりの近道です。
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